カートをみる マイページへログイン ご利用案内 お問い合せ お客様の声 サイトマップ

C・ゲーブルとの心の交流

65sC・ゲーブルやJ・クロフオードともたくさんの映画を撮りました。そして私たちはたいへん親しいあいだがらとなり、毎日彼らの化粧室でいっしょにお昼を食べたものです。そのうち、C・ゲーブルが私に関心を示すようになり、私はほとんど一年ちかく彼とともに過ごしました。私たちはとてもすてきな友好関係を保っていたのですが、彼はあまりにも有名なスターであり、私たちがどこへ出かけるにしても、彼に憧れを抱いた女性達が彼をわずらわせるので、いっしょにいる私はちっとも面白くありませんでした。そこで彼は、この問題を解決するために、有名なプロデューサーが経営しているきわめて特殊な私設クラブヘばかり出かけました。そこでは、有名人がわずらわされるということはありませんでした。

 私は、C・ロンバードという名の可愛らしい女優といっしょに仕事をすることになりました。そしてある日、私はC・ゲーブルに、この可愛い女優こそあなたと同じくらい有名なのだし、あなたにとって必要な人になるに違いない、と話しました。こうしたきっかけで彼らは出会い、そしてそれが彼らのすばらしいロマンスの始まりでした。けれどもC・ロンバードは、第二次世界大戦中の慰問旅行で飛行機事故でなくなり、彼らのロマンスは悲劇的な結末を迎えてしまったのです。

gonewinds C・ゲープルはたいへん親切で思いやりがあったので、だれからも愛されていました。彼はすでに「風と共に去りぬ」のレット・バトラー役に抜擢されており、そしてプロデューサーのD・セルツニックはスカーレット・オハラ役として無名の女優を起用する計画をもっていました。そこで、少なくとも200人の女の子に、その役のスクリーンテストを受ける機会が与えられました。私もそのなかの一人だったのです。結局その役には私が選ばれたのですが、私はきっとC・ゲープルが推薦してくれたに違いないと今でも思っています。けれどもセルツニック氏は、この映画をすべて有名俳優でキャスティングすることに方針変更しましたので、私がその役を演じることはなくなり、とてもすてきな英国女優のV・リーがみごとにスカーレット・オハラを演じたのでした。私はもちろんガッカリしましたが、「どんなことがあっても捨てばちになってはだめよ」と母に諭されましたので、そのことは忘れることにしました。C・ゲープルも「あんまりくよくよするんじやないよ。だって、君はいつだってぼくのスカーレット・オハラじゃないか」と言ってなぐさめてくれました。

ページトップへ